どの感情が溢れたのでしょう

  • 2018.12.22 Saturday
  • 00:58

1人で抱えるな

皆味方だと

その言葉は偽りではないのでしょうが

それにしたって私が見た事実は、どうにも事実のままです。


弱い者だと知っていながら

伝えてくる言葉は刺さり過ぎる

ひとを傷付けるために生まれた言葉を容赦なく突き付けながら、そうではないのだと言われたところで。


私を虐めるのは私だと

つまりは誰もそうしていないと

とどのつまり私が抱えた痛みは

私の妄想であって

他人は私を傷付けることなどしておらず

だから誰も悪くないのだと


そう言われて仕舞えば

あれらの言動の始末は誰に願ってはならず

あの日感じた苦痛を慰める術はどこにも無く

自傷行為と片付けられて仕舞えば



どこに根拠があるわけでもない性善説を信じていかなきゃならないだけではなく、私は私の愚かさを恥じて喰らった罵詈雑言にも微笑んで返さなくてはならないということで


明らかな敵意も妄想とされ

明らかな冷酷も妄想とされ

求めていた言葉の真逆を放られ

そんなことに感謝の一つも言わなければならない



そんなばかな

そんなばかな

そんなばかな




自己肯定を繰り返そうが

眠る前に1日を振り返ろうが

満ちたものなどどこにも見つけられないのに

それでも人に愛されていると感じなければならないなんて


そんなに私は惨めに生きていかなければならないか?



涙が溢れた私をどう感じたか。

感謝ととったか

苦痛ととったか



総ては無駄な時間でありました。

約束の反故は想定済みです。

どうひっくり返ろうとも

埋めてなどもらえない

想像力の欠如は果たしてどちらか。

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  • 2020.10.01 Thursday
  • 00:58
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